「手ぬぐい」のご相談、お問い合わせ、お見積りは、「手拭い染卸工場」にお気軽にどうぞ!
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当社では、お客様に低価格で良質な手拭いを製作・販売するにあたって、すべてのお客様に「短納期」「高品質」「低価格」「信頼性」の4つのお約束を宣言いたします。
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手拭い(てぬぐい)の歴史は、そのまま日本の織物の歴史ともいえます。
いにしえには麻や絹の平織物であった手拭いですが、江戸時代に入って木綿織物とともに普及し、その用途も祭礼から生活用品にまで広がり、その頃から「手拭(てぬぐい)」と呼ばれるようになりました。
手拭いは現代においてもお祭りに、イベントに、宣伝に、さらに記念品、ご贈答品にと、活躍の場は広がっています。日本の伝統文化を代表する品であると同時に、温もりのある、優れた広告ツールでもあるのです。
私ども「手拭い染卸工場」では皆様が大切な方々に自信を持ってお贈りできる手ぬぐいを、ご要望に応じた特別注文にて承っております。
手ぬぐい(てぬぐい)のご質問・ご要望は当サイトから、あるいは、お電話、メール、FAXから、お気軽にご相談ください。
近世以降、手拭い(てぬぐい)の素材としても定着している木綿。16世紀以降に国内綿花栽培が盛んになるまで、木綿は長らく高級輸入品でした。
世界で最も古い木綿栽培の跡は、インダス文明にあり、紀元前5000〜4000年に遡ります。インダス川流域で発展した木綿産業の紡績・機織りの技法は、インドでかなり最近まで続いていました。そして木綿の布 は、2千年ほど前、インドから地中海、さらに世界へと広まっていきましたが、中国への伝来は10世紀頃、朝鮮半島へは14世紀頃と云われています。
日本で綿花栽培が一般的になり、手拭い文化が盛んになるのは、16世紀を待たなくてはなりませんが、でも、8世紀末に一度、綿花栽培は日本に伝わっているのです。
799年(延暦18年・平安時代初期)に、三河国の福地村(現在の西尾市)の海岸に漂着した異国の青年が、助けてもらったお礼にと、綿種と栽培方法を伝えました。残念ながら、この時伝わった綿種は、日本の気 候風土に合わずに廃れてしまいましたが、これが日本における綿の起源といえるかもしれません。
漂着した青年については、唐人によって崑崙人(コンロン人)と言われていましたが、後に言葉を覚えた当の青年が、天竺人だと名乗ったそうです。彼は千年の後、綿の神として漂着地の天竹神社に祀られまし た。
手拭いの普及に繋がる綿花栽培は、日本においては15世紀中頃、明の綿種が朝鮮経由で輸入されてからになります。
もし、天竺人の青年が伝えた綿種が、日本に定着していたなら、手拭い文化は平安文化にも影響を与え、手ぬぐいの歴史も変わっていたかもしれませんね。